2013年07月09日

猛暑到来!

猛暑がやってきましたね!

子供たちは早速水遊び泥遊びに歓声をあげています。

この暑さの中「原発再稼動」に熱を上げている電力会社の
方々には、もっと冷静になって欲しいものです。

伊方や大飯原発が過酷事故を起こさない保証が、
どこにあるのでしょうか。

巨大な東南海地震と連動して、直下や近くを走る
活断層が動くと考えるほうが自然でしょう。

伊方原発で事故があり、放射能が外部に放出されれば、
西風に乗って瀬戸内海を東に向かい京阪神を直撃する。

すると、我々はどこへ逃げるのか?
北方には大飯・高浜の原発群。

住民の不安よりも、赤字を解消する為に住民の
生命を犠牲にしてでも再稼動に踏み出す。

一体、このような選択が電気事業者に
委ねられていること自体が奇怪である。

原発事業者が再稼動という危険な綱渡りに
出るのは、近代資本主義の末期の姿だと思う。


「新潮45」7月号に、すごい対談が載っている。


「先進国だけが豊かになれる『近代は終わった』」(榊原英資サカキバラエイスケ・水野知夫)


先進国が90年代前半までは石油をタダ同然の価格で手に入れ、
そのお陰で企業は儲ける事ができて来た。

グローバルな市場で低賃金で効率的に生産し、あちこちに輸出する。
当然、原材料や完成品を運ぶには石油が不可欠。

ところが、20世紀末から始まった資源価格の高騰は、
それまでの節電技術や製品価格の値上げでしのいできたが、
新興国の台頭でそういう次元では対処できない次元に入ってしまった。

企業は売り上げが伸びても、人件費を上げる事が出来なくなってしまった。
賃金が上げられないから需要は伸びない。
デフレは構造的問題である。

石油価格の高騰は従って、石油を必要としない原発へと走らせてきたのである。

そこで、起こったのがフクシマの大事故。
経営者達はフクシマの大事故を目の前にしながら危険なレッドカードを引いているのである。
まさに、綱渡りを日本の資本家たちは始めてしまったのである。

暑くなるのは当然である。

posted by ちびくろ保育園 at 16:37| 日記 | 更新情報をチェックする

2013年04月01日

庭の仕事



庭の仕事をしていると、すぐに寄って来て
手伝ってくれる子がいる。

ゆいか、しょうた、ゆうたがとくにそうである。

ガンジキを作って、ゴミを集め、フルイで砂と
小石とゴミをより分ける。

ジーと見ていて「ぼくもしたい!」というので、
フルイをわたしたりする。

はじめは上手く行かないが、直ぐに上手になる。
顔が得意そうな顔に変わる。

腰と手が見事に連動して堂に入る。

庭一面にジョロで水を撒きはじめると、
直ぐにやってきてしたがる。

ジョロが一本しかないのでボールに水を入れて手で撒く
まき方を五歳児のゆいかはなんなくやってしまう。

まだ、水が冷たいので手が
真っ赤になっているが平気である。

腰の入れ方が自然でまるで踊っている
かのように花たちに水をやってくれる。


ゆうた君が庭に水をやってくれたあと、
質問してきた。

「オトコ(私の事)、なんで白い砂に
水をかけると、黒くなるの?」

上手く答えられない。

乾いた砂が、水を含むと光の反射率が低くなるので
黒く見えるのであるが、そんな理科的説明はヤボである。

ファンタジックな説明が子どもに一番腑に落ちるのだが、
未だに名回答が出てこない。

昔、高校の理科の先生に申し訳ない質問をしてしまって、
その教師が一週間後に授業の始まりに私に

「考えましたが、わかりません」と

謝ってくれた事を思いだす。
生真面目な教師である。

「先生、マイナスの電気はどうすればつくれるのですか?」

質問した後、シマッタ!と思ったが時すでに遅し。

電流といい、電圧といい、方向性のことであるから、
電池なら、ひっくり返せばすむことであるが、
電池をさんざん、いじくり回して遊んでいる子どもには
たいした質問でないものが大人には難問になってしまうのである。

「遊び」は発見の母であるとつくづく思う。

逆に、この頃は遊べない大人になって
しまっているなと反省する。
posted by ちびくろ保育園 at 15:06| 日記 | 更新情報をチェックする

2013年03月30日

魂の教育としての卒業式

今年も櫻の開花に合わせたように、
近くの小学校の卒業式が行われた。

それはまるで「式」というよりは、今産まれなさんとする
初々しい「魂」と、彼らを見守ってきた教師や親たちと
地域の関係者の、暖かい「魂」が織り成す饗宴というに
ふさわしい時間であった。

僕たちの年代の卒業式は本当に「式」で証書をただ登壇して
校長から受け取り代表が答辞の中で教師たちへ感謝の心を
述べるものだったが、今は一人ひとりがわずか数秒であるが、
卒業後に関して希望や、自分の志を決意として述べる。

運動選手や看護師や保育士になることを述べるのであるが、
自分の生きる姿勢をあわせて言う者も多く、
聴く大人は感動させられる。

ちびくろ保育園の卒業生が言った言葉で
心に残るのは次のような内容であった。

「みんなのことを自分の事として捉えます」
「沢山の人を笑顔にする保育士になります」

帰って職員たちにこのことを報告したら、
殊の外皆が喜びいつのまにそんな大人以上
のことを言うようになったのかと驚いたものである。

そして更に圧倒的感動に包まれたのは卒園児のK君が、
友だちに支えられて登壇して代弁してもらって
「みんなありがとう!」と言った時である。

「彼は沢山の友だちに大事にされてきたからでしょう、
友達が好きで好きで仕方が無いのです」
とお母さんが言っておられた。

この日友だちと別れるのが嫌で式が終わってから
ぐずっていたのが心残りである。
posted by ちびくろ保育園 at 17:00| 日記 | 更新情報をチェックする

2013年03月29日

15年間ここに通い続けて来たのは園長の言葉だったんですよ


15年間ここに通い続けて来たのは
園長の言葉だったんですよ


去る3月15日 12人の子どもたちが卒園していったが、
その子どもたちを園の入り口まで見送っていった時のこと。

M君の母親が表題のようなことを言った。

「この園は安全な食材を使用している。自分の子どもは
アトピーなので入園させたいのだけど遠いので迷っている。
他の保育園でも除去食を作ってくれるところもあるのだけど」

と言ったら園長が

「人間の身体の土台は乳幼児の時に造られる。
アトピーを引き起こす因子のみの除去という消去法でなく、
食べ物全体が添加物が無く、有機農法などによる生命力溢れた
食べ物が大事です。がんばりますので来られたら!」



「決断を促してくれたんですよ、だから5人の子どもを
連れてきて15年間通えたんです」

と彼女はにこやかに言い放った。

5人目の子どもが巣立ち、もうここに通う必要の
なくなったM君の母親はすがすがしかった。

壮挙である。感動と共に深く感謝した。

家が近くで15年間通い続けて来てくれた家族が
過去にあるが、その家族は今はなんと卒園児が
親になりその子どもを入園させてくれている。
posted by ちびくろ保育園 at 09:18| 日記 | 更新情報をチェックする

2013年03月28日

泥遊びとインフルエンザ


ちびくろ保育園は出来てから35年もたつから
古いし、しかも狭い上に汚い。

汚く感じられる最大の理由はやはり
泥遊びが原因だろう。

昔はそのうえにアヒルが5羽、チャボがいて、
犬が2匹もいた。

時にはアヒルがその辺を闊歩しては排便までしてくれた
のでそれは大変だった。

その光景に驚いて立ちすくむ
保護者の方も多かった。

卒園式ではたいていその話が出る。

いまではアヒルは野犬におそわれて
あえなく全員ころされ、今はわずかに
うさぎしかいなくなってしまったが。

その代わりに狭い園庭では自転車が疾走するし、
ヨットのうえからターザンよろしく子どもが
海賊のようにロープにぶら下がり飛んでくる。

うかうかしてはおられない。


ところでインフルエンザの話。

おかげで当園のインフルエンザの罹患率は
今年も少ない一ケタ台であったが、
むしろ保護者が罹り大変だった。

以前、兵庫区の区長さんが来られて
他の保育所は二ケタ台なのにココは一ケタ台
であることに関心されて帰られたが、
何が良い効果をあげているのかと考えれば、
やはり泥遊びで雑菌が身体に免疫力
をつけさせているのだろう。

除菌し過ぎると逆に菌の活躍を
活発にさせてしまう。

体の中の雑菌が体内に侵入する菌に
抵抗してくれるのあろう。

次は生命力の高い食材の力だと思う。

食品のカロリーは必ずしも生命力と
同一とは考えられない。

もう一つ大事なのは開放的遊びが
子どもの「気」を元気にする。

毎日狭い園庭を出て近くの公園に行き
思い切り身体を使って遊ぶ。

これが大事である。

勿論、インフルエンザの流行期には
園の入り口に立って保護者や園児に
消毒をお願いするし、
建物の要所は消毒して回る。

手すり、ドアー、トイレ。

そして職員には生姜入り紅茶を
勧めて免疫力をつけてもらう。

安心は禁物である。

今年も当園では何とか
大流行は防げた。

有難いことである。
posted by ちびくろ保育園 at 11:01| 日記 | 更新情報をチェックする

2013年03月21日

小学校5~6年生の女の子の泥遊び!

すぐるお正月に卒園児の新年会をした時、
背丈も大きく活発で格好のいい高学年の女の子たち
3~4人が泥遊びに興じていた。

穴を掘り、振るいでサラ砂をつくり、
ガンジョウ玉を丸める。

手馴れたものである。

ほとんどの子どもたちが室内で遊んでいるのに、
彼女らはそのことに熱中しているので声をかけた、

「だって、学校ではできないんだもの」と言う。

そう言えばこの頃の小学校の校庭に穴を掘ったり、
水を溜める子どもの姿を見受けない。

綺麗に整備された運動場に穴などあけることなど
許されないのだろう。


やがて、彼女たちの泥団子は可愛い花や葉っぱで飾られ、
見事なケーキに変身してトレイに並べられ、
満足した彼女たちが室内に去っていった後、
庭の一隅にまるで彼女たちの分身のように、
冬の暖かな光の中で日向ぼっこをしているようだった。

posted by ちびくろ保育園 at 17:50| 日記 | 更新情報をチェックする